上海留学日記 vol12 おみやげ
こんにちはー チベモンです
今回は本当に中身のない「中国おみやげ何買うの」という件に関してです
A.今でも最適解がわかりません
本当なんです、同じ留学仲間も都度都度悩んでました
強いて言えばお茶とか中国菓子ですが...一番喜ばれたのが、帰国に間に合わなずに買った東京バナナでした(笑)
なので、中国おみやげ、まぁ無難なのは茶葉かなって思います
あとは個人差あっても結構微妙な顔されたので(笑)、他はあまりこれといったものはないです(笑)
日本人はやはり自分の口に合ったものを食べたいと思っていますからねぇ
それではまたー
上海留学日記 vol11 そもそもなんで中国へ?
こんにちは― ちべもんです。
今回は、「そもそもなんで中国へ?」の理由を書こうと思います。
これ、結構聞かれます。それこそ中国留学のくだりを話したら100%聞かれると言っても過言ではないほどに。
僕は田舎で生まれ育ちました。なので、偏見がすごいことすごいこと(笑)
中国への批判というか、そういうものがありました。
しかし、中国人もいない、会ったこともない、そもそも中国に行ってもないのにそんなひどく言うこともないだろう、と思っていたのが最初のきっかけでした。
その後、国際経済などに興味を持ち、なぜ大国で隣国で、こんな貿易依存しているのに忌み嫌うのか、と疑問は膨らみ...なら自分の目で確認しようと思ったのが確実な決意でした。
そんな大層な理由でもないです(笑)
ただ、田舎特有の雰囲気がバネになったのでしょうね、自分は都会っ子ってわけではないですけど。
まぁポジティブな面が大きいかなって思います。高校の時は政治や経済、地政学に興味があったのが最大の理由って感じで。
だからといって、田舎から抜け出すっていう過去の自分の勇気と行動力をほめてあげたいです(笑)
上海留学日記 vol10 身の回りどうしてた?
こんにちはーチベモンです
今回は、身の回りの品(洗剤やら○○用品やら)をどうしてたかを書こうと思います
これは結論から言うと、学校敷地内にあるスーパーか、大型スーパーです
すごい簡単で当たり前の話ですが、自分は最初迷いました
なぜかと言うと、大型スーパーの検索方法や行き方がわからなかったり、学校内のスーパーだけじゃ不十分だったりしてたからです
だからこういう時にも友人や先輩ってまーじで大事
自分は当初聞く相手がいなかったので、そのへんの露店からテキトーに買っていました(笑)
その後ちゃんとしてスーパーを知るまでにまた少し時間がかかったので、日本から持ってきていた洗剤がいつ底をつくのか、ひやひやしながら生きていました
結局自分に冒険心がなかったのが最大の原因なので、びびって外に出ないのが一番の敵かなって思いました
なんであの時の自分はあそこまで怯えていたのか...
今となっては笑い話です
それではまたー
上海留学日記 vol9 いつメン
こんにちはー チベモンです
今回は留学中に仲良かった友人を紹介しようかなと思います
結論から言うと、日本人とつるんでいました!
日本人はやっぱり楽ですよ、文化も言語も同じ、特に自分のような日本語以外壊滅的だと本当に(笑)
ですが、たまに気の合う友達ともいました、それはタイ人と南米でした
周りの友達も、インドネシアとよくつるんでいたりなど、東南アジア系は結構仲良くなりやすい環境でした
その中でもタイ人は特にご飯行ってたりしました
次に南米の方たちです
自分は南米の真面目だけどゆるい感じの雰囲気が好きで、基本彼らと共にしていました
難しかったのが、お互い中国語が下手だったため、しばしば翻訳機を使っていました
結局一番仲良かったエクアドルの友人も4年間残り、自分の卒業までいたので、すごく心強かったです
そんなこんなで、日本人とばかり一緒にいましたが、1年だけの留学とかになるなら、日本にいるだけでは絶対関われないような国の方と知り合っても面白いんじゃないかなって思います
それではまたー
上海留学日記 vol8 他の日本人は?
こんにちは、チベモンです
今回は他の日本人ってどんな人だったか、について書いていこうかなと思います
他の日本人、これは大きく分けて、短期、長期留学生か僕と同じく4年間しっかり中国の大学に通っていた本科生か、になります
まずざっくり分けますと、留学生は基本楽しもうと学ぼう、の二極化してたかなって思います
楽しもうタイプは、旅行とかクラブ活動、あとは今しかできない経験をしよう、の海外旅行みたいな雰囲気のパターン
もう一つの真面目は、短い期間しっかり学んで、中国語だけでなく、文化やコミュニケーションを磨くぞ!ってタイプですね
僕は基本後半のグループと仲良くしてました、なぜなら前半のグループは夜にバーやクラブに行ったりしてましたが、僕は夜眠くなっちゃう坊や(笑)なので、体力がついていけませんでした、いやはや情けない
でもクラブとか行くとヨーロッパ人とかと仲良くなったりできたのでそれはそれで強い思い出だと思います
後半のタイプは、逆に基本中国人と積極的にかかわる、みたいな方たちでした
なので、その方たちも慣れてきたら、基本日本人以外と関わっていました
僕はビビり&中国語わかりませんだったので、日本人とばっかつるんでいました(笑)
もちろん日本人と関わるのを避けたがる人もちらほらいました
そういう人は強いです、すぐに外国人の輪に入っていきます、日本人を初っ端から拒否するスタイルはいただけませんが、留学で、帰国したら結局その時に会っていた日本人の多数は赤の他人になります(別の学校から来ている寄せ集めなので)
なので、賢いは賢いと思います、話しかけようとしたら、同族という理由で拒否するのは気持ちのいいものではなかったですけどね...
で、本科生も基本同じスタイルです
同じ学科に仲いい中国人いたら、その人と、逆に自分はずっと日本人と一緒にいました
でも別に0か100ではないです
自分は彼女が中国人ですし、友達は留学生がいましたし
まぁ強引なまとめ方をすると、自分の好きに生きて(←当たり前(笑))
留学の最初の友達が絶対ではありません、最初から最後までずっと一緒は基本ないです
どこかで友人は変わります、おどおどして話しかけないで日本人とだけ固まる、ってのが一番もったいないかなって思います
留学していれば黙っていても、なんかしらの縁で外国の友達ができます
そういうチャンスを無駄にしないでほしいですね
それではまたー
上海留学日記 vol7 勉強方法
こんにちはー チベモンです
今回は「そもそもお前、0からどうやって勉強したの?」
を、書いていこうかと思います!
僕は、親も日本人、そして埼玉のド田舎出身で、まぁ~海外と接することなんて一切なかったです。なので、大学入って初めまして第二外国語!って感じでした。
で、まぁ中国語を学ぼうと選択したのですが、そこからは日本人あるあるの、発音がとっても下手くそってわけ(笑)
授業でも毎回発音がどうしようもないと、そんな感じでした。
そんな僕、ある程度単語の勉強。日本で1年半勉強し中国語検定3級を取得!そしていざ中国に留学へ!
もちろん話せません!聞き取れませ~ん!
そう、この僕チベモンは単語はやったけど、リスニングとかは一切触れていなかった!
ある程度文なら、しかし全く話せません状態!
なので、最初は日本人の友達に翻訳してもらって、海外の人とコミュニケーション(もしくは拙い英語)
それで、ある日宿題で、「知らん中国人と話して、それを動画に撮って来い」と。
うそーん、無理無理カタツムリ!しかし我儘も言ってられないので、あまりにひどく、向こうの中国おっちゃん(マジで知らない人)から、「あぁん?」としか言われない動画完成(笑)
そしてここから火がついた...あかん!話せないってもうほぼ罪で詰みだ!と。
だからとにかく勉強した、主にリスニングを。
僕のアホアホ中国語でも聞いてくれる心優しい外国の人と話し、時には中国人とも話し、ようやく1年経ったくらいかな、なんとなく言っていることがわかるようになったんですよ。
でもなんとなく、です。急な「チベモン、○○やった?」みたいなテーマがわからない文章は、全くちんぷんかんぷんなまま。
でもそこから「恥をかいて、とにかく話す」を全力でやりました!
ありがたいことに周りの日本人も結構ガツガツ話にいくタイプだったから、臆病な自分もついていけました~
そしたら、1年半くらい経って、今度は話せるが書けないという事態に(笑)
日本人としては珍しい、漢字がわからないけど単語はわかるという始末(笑)
だからそこからは読み書きもしたけど、飽き性の自分。話していた方が自分の弱点がはっきりと浮き彫りになるため話していたい人間だった
まぁつまりどうやって最初の壁をこえたの?みたいな質問をよく貰うんですが、その解答として、「とにかく話しかけにいった、バカにされながら話した」だと思います。
バカにしてくれる内はまだ花です。むしろいじってもらえた方が幸せでした。簡単なワード出してくれるので。
だから、話そう、書くのは、まぁ日本人は漢字強いから後でも平気!(笑)あくまで持論です!
それではまた~
上海留学日記 vol6 ご飯タイム
こんにちはー チベモンです
今回は朝ごはん、昼ご飯、夕飯について話していこうと思いまーす
僕は寮(学区内)に住んでいたため、基本的には朝も昼も夜も安い食堂を利用していました(学生にはありがてぇんだこれが)
敷地内には大体15くらいかな?の食堂があり、いろいろなコンセプトで成り立っていました(ハラール、串焼、やや高級などなど)
で、僕は基本的に自分だけの場合、敷地中央にある、学苑って食堂にずっと通ってました(ええそりゃもう飽きることなく4年も)
そこは写真にあるように、自分で商品を取って最後にお会計、というところです
例えばヨーグルトは3元、1皿の青菜は2元、川魚は5元、みたいな感じでした
なので、高くても20元(今の350円くらい)だったので、自分は毎回15元とかで抑えることができました
この食堂は比較的大きいところで朝ごはんも提供していました
朝ごはんは、ゆで卵や豆乳、肉まんなど簡単なものが主でした
大体そんなすごい量食べなければ、肉まん1つ当時は0.7元、ゆで卵もそれくらいだったので、5元いかなかった記憶が...すんごい安いですよね
でも中にはいましたよ、ゆで卵3個、肉まん3個、豆乳1つ、みたいに食べてる人!中国人は朝飯命なので、よく食べるそうです、純粋に尊敬
あと、朝ごはんを提供している食堂はそんなに多くありません、ここは言えば特例みたいなもんでした
で、夜ご飯です
夕飯は、基本どこも開いていますが、とにかく早い!!!大体16:30~18:30までとかでした
自分は実家では20時とかもざらだったので、この早い夕飯にずっと慣れなかったですね(笑)
で、夜になるとちょっと特殊な店が開いたりします
それが先ほど述べた串焼きとかです、この店は夜21時とかにやってた...かな(正式な時間は知らないですが)
なので、夜のメニューは少し楽しいかなって思います、あと昼も夜もどの食堂も提供するメニューに大きな差はありません。基本昼も夜も一緒です
ちなみに、支払いはどうするのーって話ですが、最初に一卡通という学校関係者が持つカードにお金を入れられます、それをピッと機械にやればいいだけです
というわけで、今回はご飯の話でした
いや~今考えても懐かしい...あの鬼安い値段のご飯、しかし飽きない肉まんやチャーハン、また食べたいなぁ
ちなみに同済大学の食堂は、そのへんの大学より遥かにご飯が美味しいと有名です
ご飯でこの大学に入るのもありかもしれませんね(笑)(この大学は偏差値がすごく高いのでそんな簡単にはいけませんが)
それではまたー